Profile

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ナツノカモ

 1983年12月3日生まれ/東京都出身

( ただし、この世に舞い降りた場所は新潟県佐渡島 )

 

 

 幼児時代

 この頃の記憶はほぼ無いが、アパートの居間を走り回って転び、左手のひらに鉛筆が刺さったことだけは鮮明に覚えている。

 

 

幼稚園時代

 クラスのフランス人女子になぜか好かれる。「戦隊ごっこのメンバーに私も入れてくれ」と言われ、「女子は入ってはいけません」と断るが、ごっこ中ずっとついて来られ、結局一緒に悪と戦うことになった。

 引っ越しによる転園を経験。移った園で「礼儀正しい、とんでもない良い子が来たぞ!」と職員室で話題になる。

 

 

 小学校時代

 クラスのアメリカ人女子になぜか好かれる。「おまえがすき」と毎日のように言われる。「そうなのか」と思っていたら、「でも、サカタ(仮)もすき」と言われ、「なんだよ」と思う。

 二年生の頃、己の個性について迷いが生じる。クラスのおもしろ男子を見て「真面目な人間よりも、愉快な人間の方が需要があるのではないか」と思い、悪ふざけを試みるようになる。が、幼稚園に遊びに行きピアノを乱打していると、当時の担任がその姿を見て「幼稚園の頃はあんなに良い子だったのに・・」と言われ、「どっちなんだよ」と思う。

 整理整頓が苦手だったが、あるとき親を驚かせる目的で片付けをすると、我が机のあまりの美しさに快感を覚え、神経質な性格になる。

 高学年になると、真面目な性格からか学級委員やクラブ代表や班長やチームリーダーになる機会が増える。そんな自分を誇らしく思う一方、出来る人間にだけ仕事が回るシステムに疑問を覚える。

 コント番組とフォークソングにハマる。

 弟にしか見せない漫画を描く。タイトルは「副キャプテンつばさ」で、副キャプテンが非常に活躍するお話。

 

 

 中学校時代

 真面目な性格からか、三年間ずっと学級委員を務める。先生に頼られる自分を誇らしく思う一方、「こんなつまらない優等生などもううんざりだ」と思う。

 タメ語にするタイミングを逃し、中学で新たに出会った同級生には「ですます調」で喋っていた。みんなそうだったように記憶していたが、十年後の同窓会で「あの学校ってみんな敬語で喋って変だったよね?」と言うと「お前だけだよ」と返される。

 コント番組と推理小説と歴史小説にハマる。

 都立の偏差値最上位の高校を受験する。真面目な性格からか、学校も塾もすべてを完璧にこなそうとし、睡眠時間を削って頑張るが、「こんなつまらない優等生などもううんざりだ」と思う。

 

 

 高校時代

 志望校に入学。かねてより計画していた「脱優等生」を実行するため、意図的に勉強をあまりせず、なるべく日々をふざけて過ごすように試みるが、途中で無理が生じ、発熱する。

 サッカー部に所属していたが、「足でボールを操る」ことが苦手だったため、キーパーを務める。また、そもそもチームプレーが肌に合わず、地味な基礎練習とPK戦だけが楽しみだった。

 若手芸人のネタ番組にハマり、台詞を覚えるほど繰り返し見て日々を過ごす。

 

 

 浪人時代

 「脱優等生」の結果、大学受験に失敗する。浪人は自分のしでかしたことのため、学費と受験料をすべて自分で払うことに決め、アルバイトと通信教育の日々を過ごす。

 親や先生や社会などが要請する人間像に窮屈と退屈を感じ、自由を求めて「なんとなく」芸術系の進路を志す。

 

 

 大学時代

 早稲田大学第二文学部に入学。専攻は「表現・芸術系専修」

 詩の授業で、詩人の先生に「主語を書いた段階で主語に縛られ始める。そのことが我慢ならない」と話すと、「うん。そうなんだ。かっこいいね。うん」と言われる。

 演劇ワークショップの授業で、高校より地道に鍛えあげた「お茶らけ」を実践し、比較的目立ち、打ち上げの幹事に指名される。が、「幹事とかは別にやりたくない」とは言えず、打ち上げの幹事を務める。

 落語研究会に所属。お笑い文化において、コントや漫才は好きだったが、落語だけを知らなかったため、勉強しようと思ったのが入部の理由だったが、試しに演じてみた落語が思いのほか難しく、真面目な性格のためか異常なほどの稽古をし、先輩に「あいつはどうかしてる」と言われる。

 サークルOBであった、漫才師「米粒写経」のサンキュータツオ氏と出会う。

 夜間の学部だったため、昼間はビジネスホテルでベッドメイキングをして資金(落語界に入るための)を貯める。四年生の夏、目標の100万に到達する。

 様々な表現活動を勉強してみたが、「基礎が好き」「チームプレーができない」「お笑いが好き」「情景が浮かぶ表現(ふり返ればフォークソングからそうだ)が好き」「それなら小説でもいいが、主語に縛られるのが我慢ならない時点で無理」といった理由から、自分には落語しかないという結論を出す。

 

 

 落語家 - 前座時代

 2007年4月、入門。前座となる。

 収入の安定しない芸人の暮らしだったため、家賃22000円の風呂なしアパートに住む。内見の時になぜか大家さんに気に入られ、「是非ここに住んでくれ」と言われる。隣りの部屋に住んでいた一つ年上の女性に、入居の際に「どうぞ」とポテトチップスをもらう。

 絵に描いたような苦労生活の中で、貯金を切り崩しつつ、「セミの羽化の観察」「ザリガニ釣り」によって心を慰めながら暮らす。

 アパートの取り壊しが決まり、退去する際、隣りの部屋に住んでいた一つ年上の女性に、「どうぞ」と花火をもらう。

 

 

 落語家 - 二つ目時代

 2012年6月、二つ目に昇進。

 毎月、東京で独演会を開く。この世に舞い降りた地である新潟からもお声がかかり、そちらでも定期的に独演会を開く。佐渡島でも一度だけ開催。

 描写のスケッチに重きを置いた古典落語、古典の世界を模した新作落語、落語からメロディの要素を排除した『クロコダイルとヒポポタマス』シリーズ等を得意とする。

 立川吉笑氏とのポッドキャスト『楽屋ばなし』を配信。

 フジテレビ『噺家が闇夜にコソコソ』、Eテレ『ニッポン戦後サブカルチャー史』などに出演。

 短編映画「花魁お雪と半蔵廓」(増田翔平監督)の出演と共同脚本で参加。「ショートショートフィルムフェスティバル&アジア2014」「第 18 回水戸短編映像祭」など、国内7つの短編映画祭にノミネート。

 2014年11月の高座を最後に、落語界から退く。

 

 

 作家時代

 2015年より、スターダストプロモーションのコントグループ「GRahAMBox(グレアムボックス)」の作家として活動を開始。 

 映画番組の作家(ゴーストライター)、アプリのゲームシナリオの作家(ゴーストライター)、創作落語の作家(ゴーストライター)などを務めるが、全部ゴーストライターだったため、しばらくの間「職業はゴーストライターです」と名乗る。

 夫婦のコントグループ「ホロッコ」の舞台『となりの小津さん』シリーズの作家、演出を務める。

 2016年春より、クローズド落語会『カモの観察会』を東京おかっぱちゃんハウスにて開催。二年間、全21回の公演。

 ひかりTV『落談〜落語の噺で面白談義』(MC・米粒写経)の作家を務める。

 2017年秋、『カモの観察会』鳥取公演、新潟公演を開催。

 

 

 作家・俳優時代

 2018年7月、GRahAMBox(グレアムボックス)番外コント公演『このゆびとまれ』の作・演出・出演を務める。表舞台に演者として復帰。

 9月、新潟市美術館にて単独公演を開催。ルネ・マグリットなどの「絵を演じる」ひとり芝居を考案し、成功をおさめる。

 10月、サンキュータツオ氏のプロデュースでナツノカモ低温劇団を結成、第一回公演を開催。時代と逆行する温度の低い笑いをなぜか目指す。以降、定期開催。

 2019年1月、ひとり芝居「立体モノガタリ」の公演『おばけのゆびさき』を開催。絵と本と落語の技法を使った立ち芝居で、8月には第二回『死神の一人称』を開催。

 9月、俳優である弟との二人芝居、立体モノガタリ、落語の公演『面影スケッチコメディ』を開催。らくご@座主催。

 11月、明日のアー第五回公演『最高のアー』に出演。いつも一人で生きがちなので、メンバーになれたことに感涙する。

 2020年2月、亜紀書房webマガジン「あき地」にて、自伝的私小説『着物を脱いだ渡り鳥』の連載を開始。半年間、全14回で完結。

 3月、ナツノカモ低温劇団が突如みんなウサギになってしまう。

 4月、『ブートレッグ企画〜あなたの落語を書きます〜』と題し、個人のお客様から個別にご要望を聞き、それに即した落語を書く活動を開始。月に7本のペースで納品。